沖縄出身芸能人と言えば?|山田優、岸本セシル

沖縄出身芸能人と言えば、歌やダンスが得意なアーティストや、ドラマや映画などで活躍する女優さんを思い浮かべる人が多いかも知れません。
そういった人たちはテレビでの露出が多く、またトーク番組などで故郷の沖縄に関して話題に出すことがよくあるからです。

しかし、ファッション雑誌やファッションショーを中心に活躍しているモデルの中にも、沖縄出身芸能人は少なくありません。
沖縄にはハーフやクォーターを始めとして、はっきりした顔の人たちが他の地域よりは多い傾向があるので、その仕事に向いている人も多いのだと思われます。

特に沖縄出身の女性の中には、美人が多いイメージがあるという人は大勢いるでしょう。
その中でも多くの人がその名前を知っている代表的存在の一人と言えるのが山田優さんです。

山田優さんは1984年の7月5日生まれで、血液型はO型です。
彼女のお母さんの山田美加子さんは、若いころに初代ミス沖縄に選出されたことがあるほどの沖縄美人なので、彼女の美貌や抜群のスタイルの良さ、そして華のあるスター性は母親譲りなのでしょう。

ちなみに彼女は三人姉弟の長女なのですが、その弟の一人の山田親太朗酸も芸能界に入っており、主に俳優として活動しています。
また、かつてはおバカタレントとしてクイズ番組に出たり、トーク番組でお姉さんの話をしたりしていたので、彼をテレビで見たことがあるという人も少なくないでしょう。

山田優さんは1995年に、数多くの有名芸能人を輩出している沖縄アクターズスクールに入学したことが、芸能界に入るきっかけになりました。
彼女はその生徒の中でも特に優秀な人たちで構成されるB.B.WAVESというグループの一員に選出され、さらに1999年にはそのグループに所属していた三人の女の子たちで構成された音楽グループy’z factoryのメインボーカルとしてデビューします。

つまり彼女は、デビュー当時はアーティスト路線を歩んでいたのです。
とは言え、2000年にはファッション雑誌での仕事を開始したり、また2001年からはテレビドラマの出演したりと、彼女の活動の場は音楽界だけにはとどまりませんでした。

そのy’z factoryが2002年の1月31日に解散した後、彼女はアーティストではなく、本格的にモデルや女優としての活動をスタートさせ、またバラエティー番組にタレントとして出演する機会も増えました。
彼女ははっきりした美しい顔立ち、すらっとした長身で抜群に良いスタイル、そして親しみやすいいキャラクターなどの魅力により、多くの人にその名前が知られる人気者になって行きました

彼女の女優としての仕事の中で、特に忘れることができない作品と言えるのは、2008年に放映された貧乏男子ボンビーメンでしょう。
その作品の中で、彼女は現在の夫である小栗旬さんと共演していたからです。

その作品での出会いがきっかけで交際がスタートし、2012年には結婚することになるのですが、その際に沖縄で身内だけの結婚式を挙げたというエピソードからも分かるように、彼女の故郷である沖縄に対する愛情は深いものなのでしょう。
その後、2014年には一人目、2017年には二人目のお子さんが誕生し、また現在でも夫婦のアツアツぶりが良く知られているといったように、彼女は芸能界で成功しただけではなく、私生活でも大きな幸せを掴んでいます。

そのように二人のお母さんとなった現在でも、彼女は抜群のスタイルを保ち続けており、多くの女性たちからの憧れを受けています。
山田優さんよりも少し下の世代の、沖縄出身のモデルの代表格と言えるのが、ファッション雑誌やCMを中心に活躍している岸本セシルさんです。

彼女の名前にカタカナが入っていることや、エキゾチックさを感じさせるきれいな顔立ち、そして170cmという長身のスラッと体型から、沖縄出身芸能人に多いハーフかクォーターだと思っている人も多いようですが、実際は外国の血は入っていないとのことです。
彼女のセシルという名前は、本名では聖紫瑠という表記となっていて、聖紫花という沖縄の華がその由来になったとのことです。

そんな岸本セシルさんは、1990年2月22日に沖縄市で生まれました。
彼女は2007年の高校生時代に、世界的なエージェンシーが主催する新人モデル発掘コンテストに出場し、グランプリを獲得したことが芸能界入りのきっかけとなりました。

高校を卒業してからは東京へと引越しし、本格的に芸能活動をスタートさせ、大手ファッション雑誌のnon-noの専属になったり、資生堂を始めとするいくつもの大手企業のCMキャラクターを務めたり、テレビのバラエティー番組でアシスタントを務めたりなど、華々しい活躍をすることになります。
そのような忙しい日々の中でも、彼女は沖縄市の親善観光大使として活動するなど、沖縄に対する愛情を持ち続けているようです。

沖縄出身芸能人と言えば?|小島よしお、りゅうちぇる

沖縄出身芸能人はたくさんいます。
今メディアで一世を風靡しているタレントは沖縄出身芸能人が多く、また高収入な方々が多いです。

では沖縄出身芸能人はどのような人がいるのでしょうか。
まず少し前に大ブレイクした小島よしおさんです。

持ちネタであるそんなの関係ねぇは流行語大賞にもなり、受賞した年はテレビの顔として様々な番組に出演しました。
テレビを付ければ基本出演しているという脅威の出現率で、その度にネタを披露し、お茶の間の笑いを取っていました。

彼はネタだけでなく見た目に関しても強烈なインパクトを放っています。
その見た目は上半身裸に緑を基調とした海水パンツ1枚を身につけているのみで、テレビに出演する際には基本的にその格好をしています。

これは彼の根本からのスタイルであり、一切変革する気はないようです。
それもそのはず、彼が流行語大賞を取ってから数年が経過していますが、その格好、スタイルを貫き通しています。

その芸風を全く変えない姿勢がこうした衰えないブレークを呼んでいるのかもしれません。
近頃はインテリ芸能人としてもテレビ出演が多くなりました。何故なら彼はあの名門大学、早稲田大学の出身です。

こうした経歴からクイズ番組にも出演が多くなり、その持ち前のIQを如何なく発揮する場面も見られます。
そんな笑いだけに留まらない彼は今も新しいネタの作成に乗り出し、それがまた新たなブレークの風を呼んでいます。

彼のブレークが持続する秘訣はこうしたインテリぶりも要因の一つかもしれません。
小島よしおさんはピン芸人として活動を広げ、今の地位を築き上げました。

彼なりに今までの活動には葛藤があったかもしれませんが、彼が展開する独自の世界観には引き込まれるものがあります。
例えばピーヤなどのよく分からないカタカナの羅列は、一度ウケると誰もがその言葉を口にするようになり、流行の波に乗っていきます。

こうした言葉を作るのが彼は卓越しており、彼が発した言葉は日本中で人気を博します。
その言葉を言う際の動きなどにも彼なりに色々と考えられているものがあるのか、動きとマッチして覚えられていきます。

そうした才が彼には備わっており、流行語大賞を受賞するまでの大ブレイクとなったのです。
芸人としての地位が少し薄れてしまった今、彼はタレントとしてバラエティ番組に出演しています。

その際も独自のキャラを展開し、たまにインテリぶりを発揮する、ギャップの激しい人気芸能人になりました。
沖縄出身の鑑ともいえるその風貌と世界観で、彼はまだまだテレビで生き残っていく力がある人材だといえます。

次に今かなり名前が上がってくる沖縄出身芸能人はりゅうちぇるです。
彼もまた独自の世界観とキャラで、若者を中心に今大人気のタレントの1人です。

彼はちぇるちぇるランド出身というキャラで出てきましたが、方言などの多用により沖縄出身だということが判明しました。
また口ぶりはハイトーンの女性のような喋り方をしますが、比嘉龍二という本名が公開されており、時たま男性の低い声を出して場を笑わせることもあります。

彼は元々モデルとして世に出てきました。
その際に注目を集めたのが奇抜なファッションですが、それは決して理由も無しにそのような格好をしている訳ではありません。

彼はジェンダーレスという男女双方ができるファッションを目指し、独自のファッションをテレビで公開しています。
こうした性に関しての問題に着手した芸能人やタレントは今かなり多く、りゅうちぇるもその1人です。

彼には公開済の彼女がおり、名前をぺこといいます。
このぺこも今メディアによく出てくるようになり、りゅうちぇると一緒にロケを行ったり、活動したりと大ブレイクしている1人です。

彼女もまたりゅうちぇると同じような格好をしており、それもまたジェンダーレスに則った格好をしています。
つまりこの2人はLGBT問題に警鐘を鳴らしている第一人者で、性差別などの問題に深く考えている姿勢が見られます。

この2人は最近結婚を発表し、とあるバラエティ番組でプロポーズの一部始終が放送されました。
その時の姿がまたロマンチックなもので、これもまた人気を博した要因の一つと考えられます。

さらにこの2人は結婚した際に1人の大物芸能人に報告をしています。
それがあの明石家さんまさんです。

さんまさんは2人の報告を聞いて盛大に祝福しました。
これほど大きな存在に報告ができるほどりゅうちぇるの地位は確立されてきており、今テレビを付けて出ていないといったことはほぼないほど引っ張りだこです。

彼は収入が億を超えているということも発表がされており、人気ぶりが一目でわかってしまう数字なのは誰が見ても明らかです。
沖縄出身の芸能人は今増えてきています。

そしてそのほとんどがかなりの地位を確立しており、人気を博しています。
沖縄は芸能人を輩出する機会が多い素晴らしい場所であるといえます。

沖縄出身芸能人と言えば?|満島ひかり、新垣結衣

現在の日本の芸能界で活躍している人の中には、出身が沖縄だという人が大勢います。
そういった人たちの中には沖縄出身芸能人であることを前面に押し出している人もいれば、バラエティー番組などで出身地が話題になった際に、沖縄出身であることが分かるくらいの人もいて、前者のタイプにはお笑い芸人やバラエティータレントが多く、後者のタイプには役者さんが多いイメージがあります。

それでは、女優さんの中で沖縄出身芸能人だというイメージが強い人はだれかと考えると、満島(みつしま)ひかりさんを真っ先に思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
なぜなら彼女はドラマや映画の宣伝でテレビのバラエティー番組に出た際に、よく沖縄の話題を口にしていますし、また彼女の出演しているCMの中で、沖縄弁っぽいしゃべり方をしているものがあり、それが本物の沖縄弁かどうかがネット上で論争になるなどの話題を呼んだことがあったからです。

満島ひかりさんは沖縄県沖縄市の出身で、誕生したのは1985年の11月30日のことです。
弟2人と妹1人がいる4兄弟の長女で、以前から年齢よりも大人っぽい雰囲気が感じられたのは、そういった家庭環境が影響しているのかも知れません。

ちなみに、弟の一人は俳優の満島真之介さんで、一緒にバラエティー番組に出演したことがあることからも分かるように、良好な姉弟関係のようです。
また、彼女は弟さんとは違い、あまり外国人っぽさが感じられない容姿をしていますが、実はお祖父さんがフランス系アメリカ人のクォーターです。

彼女が芸能界にデビューしたのは役者の満島ひかりとしてではなく、アイドルグループの一員であるHIKARIとしてでした。
そのグループは1997年にデビューした7人組ユニットのFolderで、後に5人組のFolder5となりました。

それらにはいくつかのヒット曲があるので、そのグループ名を憶えているという人も少なくないでしょう。
ただアイドルとしてデビューしたのとほぼ同じ時期に、子役として映画に出演していたことがあったので、元々役者としての素養があったのかも知れません。

そしてFolder5が2003年に活動を休止した後に、本名の満島ひかりとしての活動を開始し、当初はバラエティータレントやグラビアアイドルとしての仕事をしていましたが、2005年から放映されたウルトラマンマックスという特撮ドラマに出演するなど、役者としての活動をメインとするようになっていきます。
その後しばらくは芽が出なかったものの、2009年に公開された愛のむきだしという映画に出演した際に、その抜群の演技力が高く評価されたことから、一躍その名前が広く知られる存在になりました。

その後も2010年の川の底からこんにちという映画では主演を務めたり、2013年にWomanというドラマで民放での初主演を果たしたりと、現在までずっと活躍を続けています。
そんな彼女もプライベートは順風満帆とはいかなかったようで、2010年に結婚した映画監督の石井裕也さんとは、2016年に離婚してしまっています。

ただ新しい恋人の存在が噂されているので、決して寂しい私生活というわけではないようです。
その満島ひかりさんほどは、沖縄出身芸能人だというイメージはないかも知れませんが、沖縄出身の女優さんの代表的存在の一人と言えるのが、ガッキーの愛称でも広く知られている新垣結衣さんです。

新垣結衣さんは沖縄県那覇市の出身で、誕生日は1988年6月11日です。
彼女は2001年に、女子小中学生向けファッション誌のニコラのモデルオーディションを受けて、グランプリを獲得したことがきっかけで芸能界入りしました。

それからしばらくはモデルとしての活動が中心でしたが、2005年にはSh15uyaというテレビドラマに初出演したり、2006年にはトゥルーラブという作品でドラマ初主演を果たすなど、女優として大きく注目される存在へとなって行きます。

そして2007年には恋するマドリという作品で映画初主演を果たすと、恋空やハナミズキ、トワイライト ささらさやなどの話題の映画に次々と出演し、現在では押しも押されもしないトップ女優の一人となっています。
またテレビドラマの世界では、2009年に第1作目が放映され、2010年には第2作目、2017年には第3作目が作られる長寿シリーズとなり、さらに2018年には映画化されることが発表されたコード・ブルー ドクターヘリ緊急救命や、2012年から現在までに2本の連続ドラマとスペシャルドラマが制作されているリーガル・ハイなど、多くの人気作品に出演しています。

そんな彼女は可愛らしいルックスと清純なイメージで、男性から大変高い人気を獲得しており、恋人にしたい女性芸能人などのランキングで常に上位にその名前が挙げられるほどの存在となっています。
またお笑い芸人などの芸能人の中にも彼女のファンは多いようで、バラエティー番組やラジオ番組などで彼女に対する好意を口にする人までいるほどです。

沖縄出身芸能人と言えば?|安室奈美恵

芸能界に大勢いる沖縄出身芸能人の中には、音楽の世界で活躍しているアーティストも少なくありません。
沖縄出身のアーティストと言うと、例えば歌唱力が高かったり、リズム感が良かったり、ダンスが上手だといったような良いイメージがある人が多いでしょう。

沖縄には子どものころから芸能スクールに通って、歌やダンスのレッスンを受けている人たちが多く、元々あった本人の資質がそういった努力によって実を結び、芸能界での成功に結び付く場合が少なくないのです。
そういったイメージのある沖縄出身芸能人の代表例と言えるのが、アムロちゃんという愛称でファンから親しまれている安室奈美恵さんです。

安室奈美恵さんは1977年の9月20日に、沖縄県の那覇市で誕生しました。
彼女が芸能界に入るきっかけとなったのは、小学校の5年生の時に沖縄アクターズスクールという有名な芸能スクールに見学に行き、そこでスカウトを受けたことでした。

しかし当時の彼女の家庭は経済的に余裕がなくて月謝が払えなかったのですが、特別に特待生として学ぶことが許可されたというエピソードからも分かるように、彼女にはその当時からすでに、スターとしての素質を感じさせるような魅力があったのでしょう。
その沖縄アクターズスクールでの生活の中で音楽への興味を大きくした彼女は、歌とダンスのレッスンを一生懸命頑張りました。

その努力が実を結んで、1991年にはSUPER MONKEY’Sというスクールの生徒で結成されたグループの一員になり、その翌年にそのセンターボーカルとしてメジャーデビューを果たします。
そのグループの中でもひときわ目立つ存在だった彼女は、音楽活動だけではなくCMやドラマ、バラエティー番組などに単独で出演するようになり、その人気をより大きなものにしていきます。

そして1995年にはソロ名義でのCDを発表して、さらに注目度が増した彼女は小室哲哉さんという音楽プロデューサーと出会いました。
彼のプロデュースによって発表された曲はたくさんあり、それらは次々と大ヒットを飛ばすことになります。

また1996年にはSUPER MONKEY’Sが活動休止となり、完全なソロ歌手としての活動をスタートさせました。
その1996年に3曲のミリオンヒットを記録した彼女は、単なる人気歌手の枠を超えて、そのファッションを真似する人が続出する、若者たちのカリスマ的存在になって行きました。

当時の彼女のフィーバーぶりは大変なもので、彼女の真似をする女性を指すアムラーという言葉が流行語になったほどです。
その翌年にはCAN YOU CELEBRATE?という曲がダブルミリオンという快挙を達成し、彼女にとっての代表曲になりました。

この曲は現在でも結婚式でよく歌われる定番のウェディングソングとなっており、当時のことを知らない若い世代の人たちの中にも、効いたことがあるという人は大勢いると思われます。
その後も数多くのヒット曲を世に送り出し、また同じ小室ファミリーであるTRFのダンサーのSAMとの結婚、出産、そして離婚といったプライベートでの色々な話題を提供して来た彼女は、30代を過ぎてからも確固とした地位を保ち続ける人気歌手であり続けました。

しかし彼女は2017年の9月に事務所のホームページで、2018年の9月16日に引退するという発表を突然行って、ファンだけではなく世間を大きく騒がせました。
その理由ははっきりと語られていないので、色々な憶測がネット上などを飛び交うことになりましたが、日本の音楽業界にとって大変衝撃的な出来事として、今後芸能界の歴史に残ることになるのではないかと思われます。

安室奈美恵さんのように目立つ音楽活動をしたり、私生活が芸能ニュースで大きく報じられるわけではなくても、ファンからの根強い人気を誇っている沖縄出身のアーティストは大勢いて、その中には個人で活動している人だけではなくグループもあります。

そんな沖縄出身の音楽グループの代表的存在の一つがHYです。
HYはそのままエイチワイと読み、男性4人と女性1人で構成されているミクスチャーバンドです。

メンバーはボーカルやギターなどを担当する新里英之、通称ひーでを始めとして、ボーカルとキーボードを担当する紅一点の仲宗根泉、通称いーず、ドラムとラップを担当する名嘉俊、通称しゅん、ベース担当の許田信介、通称しんちゃん、そしてギター担当の宮里悠平、通称ゆーへいで構成されています。

その5人が全員沖縄県のうるま市出身だという点が、このバンドの大きな特徴の一つとなっています。
このHYが結成されたのは2000年のことで、それ以来ずっとインディーズでの活動を続けています。

しかし、2003年に発表されたセカンドアルバム4週連続でオリコンチャート1位を獲得したり、ライブのチケットが即日完売になるなど、インディーズバンドとしては異例ともいえる大きな人気を誇っており、今後もますます活躍することが期待されています。